OSHOトランスフォーメーションタロット「Compassion(慈悲)」の解説

こんにちは!
執着を愛に変える、性愛のタロット調律師、サガールです。

さて今回は、OSHOトランスフォーメーションタロットの「Compassion(慈悲)」について解説します。
なお、こちらのカードは「2025年2月の、修門のテーマは」という問いを立てて引いたカードなので、門鑑定で修門の方も参考にしてくださいね。

ではここから、講話の一部を紹介します。
「慈悲は、他人への道場でいっぱいになった血のにじむようなハートを持っていることではありません-
慈悲とは、状況に覚醒をもたらすのに必要なことであれば、なんでも喜んでやるほどの愛の深さです。」

慈悲とは何か

今回の「Compassion(慈悲)」の解説では、イエスが鞭を取って、エルサレムの偉大な寺院に入って、寺院にいた両替商たちの机をひっくり返して激怒したときのことをテーマにしています。
平和のシンボルであるイエスがなぜ、これほどまでに怒りをあらわにしたのでしょうか。

それは慈悲とは、ただ優しく微笑んでいることではなく、血のにじむようなハートですべてを受け入れることでもないからです。

カタルシスの解放

2月におとずれた、プネーのOSHOセンターでは、毎朝6時から、OSHOダイナミック瞑想が行われます。
この、OSHOダイナミック瞑想のカタルシスのパートでは、泣き、叫び、喚き、怒り、ときには笑う。
私は無我夢中で、自分の中にあるすべての感情を吐き出します。
周りの視線を気にする余裕などありません。
ただ、ありったけ爆発する。
そうするとやがて、自我が揺らぎ出し、何かが剥がれ落ちていくのです。

フー、フー! ただ跳びつづける

カタルシスの後、第3ステージ「フー、フー!」のジャンプに入ります。
ただただ跳びつづける。
そこに、変化や感覚の違いを求める必要はない。
ただ夢中になり、動きつづけること。
それが浄化につながります。

静寂の中にあるもの

やがて、静寂が訪れる。
すべてを出し尽くしたあとは、何も残りません。
その瞬間、私はただ静かに呼吸を観察しています。
ただ、それだけ。
なんと安らかなことか。

性愛のタロット調律師、サガールのひとこと

また解説には
「イエスは絶対的に無垢だ!彼は暴力的ではない、破壊的ではない…それは彼の慈悲だ。それは彼の愛だ。彼の手にある鞭は、愛の手にある鞭だ。」
ともあります。

愛の手にある鞭は、私たちが自らの真実を探求するためのものかもしれません。
苦しみや怒り、混沌の先にこそ、本当の静けさがある。
そして、その静けさの中にこそ、神性や仏性が宿るのではないでしょうか。

愛ゆえに導かれる

慈悲とは、決して甘やかしではありません。
それは、愛ゆえに時に厳しく、時に激しく、真実へと導くものです。
このように、自らの神性仏性に触れるために瞑想の求道者は、己を鞭で鼓舞することがあるんだよ、ということです。

自らの真実を探究する。
それが愛の手にある鞭ではないでしょうか。
そのことをこのトランスフォーメーションタロット「Compassion(慈悲)」は、思い出させてくれます。

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