5日間で3㎏痩せた。
別れた後の私は、まったく食べ物を受け付けなくなってしまったからだ。
腹が減る自覚はあった。
ただ、そこで食べものを口に入れると、吐き気がして戻してしまうのだ。
トイレでうずくまる日々がつづく。
1日で、梨を2切れ食べるのがやっとだった。
睡眠導入剤を飲んでも、2、3時間うつらうつらしたら目が覚めてしまって眠れない。
それでも朝はやってくる。
忘れるしかなかった。
彼女と別れてから、地元にあるボクシングジムに入会した。
ボクシングには以前から興味があった。
ロープワーク、シャドー、ミット打ち、そしてスパーリング。
学生時代は柔道に明け暮れ、その後は空手、テコンドーと格闘技はそれなりに経験してきた。
ただ、ボクシングほど効率よく、相手にダメージを与えるスポーツは他にない。
どんなにトレーニングを重ねても、脳は鍛えることが出来ないからだ。
そんなことを私は、トレーナーの話を聞きながらボクシングジムに通い続けた。
汗だくの自分の姿を鏡越しに見つめながら1人、黙々とシャドーを繰り返す。
スパーリングをしている時だけは、何もかも忘れられる。
あのキスマーク以外は。
あの男だけは許せない。
いつかこの手であいつを殺す。
こうしてジム通いが続いた。
眠れない夜も少しずつ、もとの生活に戻っていった。
そして。
ひと月くらい経った、ある日の夜。
私は夕ご飯を終え、くつろいでいた。
テレビを見ながら過ごす、ありふれた日常。
いつもと変わらない時間を過ごしていた。
そんな時。
スマホのショートメールが鳴った。
「誰だろう?」
私はスマホを取り、メッセージを見て驚いた。
「今、アキラに呼ばれた気がしたんだけど」
まぎれもなく、彼女の電話番号だった。
懐かしさと同時にあの時の傷が疼(うず)く。
やり切れない想いと、甘さと苦さが胸を刺す。
しばらく考えた後、私は彼女にメールを返した。
ほどなくして彼女からレスポンス。
胸の奥に閉まっていた感情が蘇(よみがえ)る。
何度かメールでやり取りを繰り返した後、私は彼女にこう返した。
「今度、お茶でも行こうか」と。