戯れの浜辺(たわむれのはまべ)06 別れたあと

戯れの浜辺06別れた後

5日間で3㎏痩せた。

別れた後の私は、まったく食べ物を受け付けなくなってしまったからだ。

腹が減る自覚はあった。

ただ、そこで食べものを口に入れると、吐き気がして戻してしまうのだ。

トイレでうずくまる日々がつづく。

1日で、梨を2切れ食べるのがやっとだった。

睡眠導入剤を飲んでも、2、3時間うつらうつらしたら目が覚めてしまって眠れない。

それでも朝はやってくる。

忘れるしかなかった。

彼女と別れてから、地元にあるボクシングジムに入会した。

ボクシングには以前から興味があった。

ロープワーク、シャドー、ミット打ち、そしてスパーリング。

学生時代は柔道に明け暮れ、その後は空手、テコンドーと格闘技はそれなりに経験してきた。

ただ、ボクシングほど効率よく、相手にダメージを与えるスポーツは他にない。

どんなにトレーニングを重ねても、脳は鍛えることが出来ないからだ。

そんなことを私は、トレーナーの話を聞きながらボクシングジムに通い続けた。

汗だくの自分の姿を鏡越しに見つめながら1人、黙々とシャドーを繰り返す。

スパーリングをしている時だけは、何もかも忘れられる。

あのキスマーク以外は。

あの男だけは許せない。

いつかこの手であいつを殺す。

こうしてジム通いが続いた。

眠れない夜も少しずつ、もとの生活に戻っていった。

そして。

ひと月くらい経った、ある日の夜。

私は夕ご飯を終え、くつろいでいた。

テレビを見ながら過ごす、ありふれた日常。

いつもと変わらない時間を過ごしていた。

そんな時。

スマホのショートメールが鳴った。

「誰だろう?」

私はスマホを取り、メッセージを見て驚いた。

「今、アキラに呼ばれた気がしたんだけど」

まぎれもなく、彼女の電話番号だった。

懐かしさと同時にあの時の傷が疼(うず)く。

やり切れない想いと、甘さと苦さが胸を刺す。

しばらく考えた後、私は彼女にメールを返した。

ほどなくして彼女からレスポンス。

胸の奥に閉まっていた感情が蘇(よみがえ)る。

何度かメールでやり取りを繰り返した後、私は彼女にこう返した。

「今度、お茶でも行こうか」と。

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