あれから私たちは、彼女のお気に入りのシアトル系コーヒーチェーンのカフェで会ってお話をするということを繰り返した。
私は最初、まるで椅子取りゲームのような店の雰囲気にまったく馴染めなかったが、何回か通ううちに慣れていった。
彼女とディナーへ連れ出したかったが、実家暮らしの彼女は、家族の夕ご飯を作ってから会うことを望んでいた。
はじめて会ってからひと月近く経った6月のある日、私は彼女に「ドライブへ行こう」と誘ってみた。
返事はOKだった。
待ち合わせ場所を、香川県宇多津町にある臨海公園に決める。
「恋人の聖地」と呼ばれるロマンチックな名前のついた公園の駐車場で、私たちは落ち会う約束をした。
当日、待ち合わせ場所へ向かうと、私の方が先に着いたようだった。
この頃になると陽(ひ)も長い。
瀬戸の島々が赤く染まる。
瀬戸内海に沈む夕日を眺めながら、私は彼女が来るのを待った。
夜の帳(とばり)が待ち遠しかった。
ほどなくして。
彼女が現れた。
白いトミー・ヒルフィガーのカットソー。
メンズの服をさらりと着こなすのが上手かった。
いつもと違って、メガネをかけている。
今日も、家族の夕ご飯を作ってきたのだという。
私は彼女を車に乗せた。
途中、ドライブスルーでコーヒーをテイクアウトして、私たちは海まで車を走らせた。
瀬戸大橋のたもとの島。
沙弥島(しゃみじま)という。
万葉の時代から和歌にも詠まれていた古い島である。
以前は沖に浮かぶ離れ島であったが、今は工業地帯の開発により埋め立てられて繋がっている。
その島にある、ナカンダ浜と呼ばれる浜辺で私たちは車を停めた。
それから、海ぎわに立っている一本の木の下まで歩いていった。
木の下にあるベンチに、2人並んで腰かけて。
私たちはライトアップされた巨大なコンクリートの橋桁(はしげた)や、海をこえて遠く岡山までつづく瀬戸大橋を眺めていた。
あたりに地鳴りのような轟音を響かせながら、電車が橋を渡ってゆく。
月夜が瀬戸の島々をシルエットで浮かび上がらせていた。
辺りには誰もいない。
波の音だけが聴こえる。
暗闇が2人を誘(いざな)う。
どちらからともなくキスをした。
舌で唇を開けると。
彼女が長い腕を絡ませてきた。
浜辺で戯(たわむ)れるように ひとしきり抱き合うと、私達はホテルへ流れた。
臨海公園のそばにある、打ちっ放しのコンクリートの建物の中へと車を滑らせる。
エレベーターの中で沈黙の時間をやり過ごしながら私たちは、最上階の部屋へ入った。
窓からは遠くに瀬戸大橋が見えるその部屋で。
理性という名の衣(ころも)を1枚ずつ脱ぎ捨てて。
私たちは抱き合った。
舐めるように指をからませながら。
お互いの心の穴をそっと指先でなぞっていく。
やがて私は、彼女の泉に顔をうずめた。
次第にあえぎ声が激しさを増すその部屋で。
裸の感情をあらわにする。
いつくしむように
あえぐように
とけるように
堕(お)ちてゆく。
あらがえるはずもなかった。