以前から、おたがいの家を行き来していた私たちは、よく会話のなかでも家族の話をしていた。
ふだんの彼女の話しぶりから、仲のよい家族だとずっと思っていた。
そんな中、彼女はポツリポツリと家庭のことを話し始めた。
じつは不仲なんだと。
とりわけ母親とは、確執があるという。
母親にまつわるこれまでのトラブルの数々を、冬の到来をつげる北風が吹きすさぶ、黒いアスファルトの駐車場で黙って聞いた。
彼女の濡れた頬を、白銀灯が冷たく照らしているのに気がついたのは、しばらくして北風が落ち着いてきたあとだった。
うちも似たようなものだった。
いつも酔うと、決まって暴れる酒乱の親父と、身を粉にして働く母親のもとで育てられた。
飲んで暴れて、母親が殴られるのは日常茶飯事だった。
お袋を階段から突き飛ばして、家にある金をわしづかみにして賭場へ向かう親父。
なにが原因であれほど暴れ狂うのか、子供のころの私には理解できなかった。
放蕩無頼(ほうとうぶらい)を繰り返す親父に、愛想を尽かした祖父母は、親父を見限って父方の実家で育てられた私と腹違いの兄と養子縁組をした。
そして家の財産を、跡取りであった親父を飛び越してすべて兄に譲ったのでヤケになったのだ、と理解できたのは。
親父がアル中で死んだずっと後のことだった。
そのあたりの経緯(いきさつ)を、私は彼女に話した。
11月の終わり。
夜が更けて、風が冷たい。
彼女はカシミアのショールで肩をおおった。
私は。
「ずっと、そばにいるから大丈夫だよ」と、彼女を励ますので精一杯だった。
「どういう意味?」と彼女。
「ん?」
言葉に詰まった。
「プロポーズかな?」
そう。
私はこの時、彼女にプロポーズをしていた。