ゴールデンウィークも過ぎた5月の中ごろ。
私は駐車場に車を停めた。
とある地方都市にある郊外のカフェ。
店の中へ入ると、明るい感じのスタンダードなジャズが流れていた。
カウンターで注文を告げる。
私は空いている席に座り、店内を見渡してみた。
まだ彼女は来ていないようだった。
待ち合わせ場所に、全国に展開しているシアトル系コーヒーチェーンのこのカフェを指定してきたのは彼女のほうだった。
しかし、それまでの私は、このスタイルの店にはあまり来たことがなかった。
4・5日前に、Facebook連動型の出会い系サイトで、私はある女性と知り合った。
何度かメッセージをやり取りして、気が合ったのでこのカフェで会おうという話になった。
その頃の私は、2度目の離婚を経て気ままな独身生活を過ごしていた。
休日の昼間は趣味のサイクリングをしながら、夜になると酒を飲んで、ときどき女遊びを繰り返す毎日。
熱しやすく冷めやすい、来るものは拒まず去るものは追わない。
そんな気まぐれな私のことを理解してくれるような女性などいはしない。
いや、もしいたとしても長くはつづかなかった。
このような自堕落な生活をしていて、たまたまこのサイトで彼女と知り合ったのだ。
そのときどきの感情で、どちらからともなく寄り添い、肌を合わせ、そして別れる。
そんな私の記憶に上書きする女が1人増えるだけのことだった。
薄ぼんやりとそんな事を考えていた時に、店のドアが開いた。
誰かを探しているようにも見える。
店内を見まわしていた彼女と目が合うと、私たちはどちらからともなく頭を下げた。
彼女だった。
慣れた様子でカウンターのスタッフにオーダーを告げると、しなやかな足取りで私の前に座った。
綺麗に切りそろえられたショートボブ。
身長165㎝。
赤いタートルネックの上からでもわかる、グラマーな胸が私の心をざわつかせる。
そんな彼女の胸のふくらみにあるワンポイントマークに目がいった。
羊がリボンで吊るされている。
南青山に、でかい石造りの本店があるアメリカントラッドのブランドだった。
軽くそこの店に話をふると、彼女の好きなブランドだという。
世間話を始めると、共通点も多く話が進んだ。
私は若い頃、オーナーシェフとして飲食店を10年やっていたので、人に話を合わせるのには慣れていた。
そんな私のコアな趣味の話題。
例えば、単館シネマや70年代のアメリカンポップス。
そしてロードバイクに現代アートと話が弾んだ。
意外だったのは、彼女の見識の高さだった。
先日、さびれた映画館で観た、離れ離れになった息子を探すアイルランドのマイナー映画の話をすると。
彼女はすらすらとその映画に出演している主演女優の名前を答えた。
舌を巻いたのは私の方だった。
思いがけず、気持ちが傾きそうになるのをこらえつつ、コーヒーに口をつける。
話は尽きなかったが、きりを見て私たちは一緒に店を出た。
帰り際、彼女が車に乗り込む。
目と目が合った。
私はさりげなくLINEのIDを交換して、次に会う約束を彼女に申し込んだ。
返事はOKだった。
彼女を乗せた車を見送り、私は自分の車に乗った。
街の灯りを眺めながら ゆっくりと車を出した。