数え切れないほど振られて生きてきた。
そんな中でも思い出すのは、エミに振られた時の事だ。
気立てのいい女性だった。
二年付き合った。
“女に金を出させるのは男の恥”と思っていた私の誕生日には、ステーキハウスで祝ってくれた。
平日の昼メシ時に。
世のダンナはセルフのうどんをすすっている時ぶんに、満席のステーキハウスで私以外の客は全て女性なのを目の当たりにして。
セレブな女性のランチ事情を理解した。
いわゆる“ある1つの関係”をわきまえている女だった。
それでも別れはやってくる。
彼女のダンナに疑われた。
離れていたので、待ち合わせ場所はいつも、お互いの家の中ほどにあるパチンコ屋の駐車だった。
高速道路の料金所でもらった領収書を、彼女はうっかり車に置きっ放しにしていたのだ。
行くはずのない場所。
ダンナの質問は何とかはぐらかしたが、次の日から興信所が張り付くようになった。
彼女のダンナの仕事は、ビルやマンションを幾つも所有する不動産会社のオーナー。
彼女は思った。
そろそろ潮時かも知れない。
「ここでしくじる訳にはいかない」と。
一人、静かに目を閉じて
ただ、気配が満ちてくるのを待つ。
中学を出るには出たが、高校は半年で辞めた
そして、お菓子屋でアルバイトをしていた時に前の男と知り合った。
家出同然で実家を飛び出して、男と暮らし始めた。
結婚して、
岡山の片隅で夫婦で飲み屋を始めたが、男が他所(よそ)にオンナを作って飛んだ。
娘が一人と、借金二千万が残った。
店をたたんで、夜の世界にどっぷりと首まで浸かった。
岡山一の繁華街で、顔が売れるようになるまで大して時間はかからなかった。
十八歳で初めて買った車はシルビアのミッション。
夜ごと、峠に走りに行った。
パトカーが後ろで赤灯を回すと、アクセルをベタ踏みする癖がなかなか直らない。
今のダンナとは、その頃に勤めていたクラブで客として出会った。
金も名誉も人脈もあったが。
甘いだけの男では無かった。
悪いが切るしかない。
くぐった修羅場の数が違うのだ。
高まる気配
まだだ。
まだ早い。
さらに思念を追いやった。
アキラの事も忘れ、
何もかも忘れた。
不意に。
気配が満ちてくるのを肌で感じた。
彼女は携帯に手をやった。
汗がひとしずく顎(あご)へと流れてゆく。
両足の親指に力を込めた。
張り詰めた糸が はち切れそうになる。
腹に力を入れて堪えた。
そして。
汗が顎からしたたり落ちる。
その刹那(せつな)
彼女の懐(ふところ)から光が疾(はし)った。
そして。
彼女は踵(きびす)を返した。
もう二度と振り向かなかった。。。
その時、私の携帯が鳴った
エミからだった。
なにげなく私は、メールを読んだ。
目を見開いた。
凄まじい内容の文面だったからだ。
私は歯を食いしばって耐えようとした。
が、
襲ってきた衝撃は、私の想像を遥かに上回り、抗(あらが)えるはずもなかった。
静寂が周りを包む。
「待て」
「待ってくれエミ!」
私はエミを呼び止めようとしたが動けなかった。
その時 初めて、私は左の肩口から臍(へそ)の下まで斬り下げられていることに気がついた。
「こ、これがくぐった修羅場の数の違いか…」
思いはしたが、言葉にならない。
私はその場に崩れ落ちた。